【書評】猫を抱いて象と泳ぐ
- 作者: 小川洋子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/07/08
- メディア: 文庫
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盤下の棋士、と呼ばれた小さな小さなリトル・アリョーヒン。
彼がチェスという果てのない深淵にどう触れていったのか。
作者の文章は情報量が多い。
わずかな描写でも想像する幅が大きいので、
内容次第で重くなりがちだ。
また、我々が普段生活しているこの現実での
「お約束」が通用しない場面も多々出てくる所が特徴とも言える。
様々な行動に対して、登場人物が疑問を挟まない。
ありのまま、事象として受け入れるのだ。
読み始めた当初はそのような違和感が拭えなかったが、
主人公が独身寮の裏にある回送バスに足を踏み入れる辺りから、
物語の質がグッと濃くなり、引き込まれていった。
彼はそこで、バスに住む大男、
そしてチェス盤の下の空間を住処とする猫と遭遇する。
ゆくゆくはマスターと呼ぶ事になるその大男と、
ポーンと名付けられた猫を胸に抱き、
チェスの深海へ潜って行く事になるのだ。
チェスのルールが分からない読者でも、
一緒にプレイしているかのような気持ちにさせられる。
また、前述の情報量の中で、次の一手を共に夢想出来る。
「さようなら、ミイラ」
そう呟いて指した1手。
自らの元から去ってしまった彼女に対してのその言葉に、
せつなさと、鳥肌が立つ。
慌てるな、坊や
全ては、その一言に集約される。